※本ページでは、日本で一般的に「合理的配慮」と呼ばれる概念について、より実態に即した表現として「合理的調整」と表記します。
はじめに
補聴支援システムをめぐる制度は、国や地域によって大きく異なります。欧米では、法律やガイドラインに基づき、設置が求められる基準が整備されているのに対し、日本ではその基準が必ずしも明確とはいえません。本ページでは、こうした違いを踏まえ、各国・地域の制度の特徴を比較します。
アメリカ
アメリカでは、Americans with Disabilities Act(障害のあるアメリカ人法、以下ADA)と、その実施基準である2010 ADA Standards for Accessible Designが大きな役割を果たしています。
特に、音声によるコミュニケーションがその空間の利用に不可欠な集会施設(assembly area:劇場や講堂、会議室など、多くの人が集まり音声による情報伝達が重要となる空間)では、Assistive Listening Systems(ALS)の設置が求められており、受信機の必要台数などが定められています。さらに、技術要件として音圧レベルやS/N比、ネックループ対応なども示されており、法律の内容が設計基準として具体化され、実際の施設整備に結びついている点が大きな特長です。
イギリス
イギリスでは、Equality Act 2010(平等法)に基づき、サービス提供者や公的機関に対して合理的調整(reasonable adjustments)の義務が課されています。特に重要なのは、この義務が事前対応型、すなわち事前対応義務(anticipatory duty)として運用される点です。
必要が生じてから個別に対応するだけでなく、あらかじめ聴覚障害者の利用を想定して準備することが求められます。実際に、政府や平等人権委員会(Equality and Human Rights Commission)の資料では、大学の講義室にヒアリングループを設置することが合理的調整の例として示されており、法と実務が具体的につながっています。
EU
EUでは、European Accessibility Act(欧州アクセシビリティ法)に基づき、電子通信サービスや関連製品を含むアクセシビリティ要件が加盟国に求められています。この制度の特長は、補聴支援システムの設置台数を個別に定めるのではなく、アクセシビリティの考え方を標準へと落とし込み、各国で実装していく仕組みにあります。
ICT製品やサービスのアクセシビリティ要件は標準として整理されており、補助技術や補聴支援機器の利用にも配慮した設計が求められています。つまりEUでは、合理的調整の考え方を前提に、法律と標準が連動しながら、各国の制度や建築・運用基準へと接続される形でアクセシビリティが具体化されています。
日本
日本では、障害者差別解消法により、2024年4月から民間事業者にも合理的調整の提供が義務化されました。また、法律上は、施設構造の改善や設備整備、職員研修などの「環境の整備」も求められています。
しかし、補聴支援システムについては、アメリカや英国のような具体的な標準的運用が十分に整っているとは言いにくい状況です。国土交通省のバリアフリー整備ガイドラインでも、文字表示や音声案内、ウェブアクセシビリティへの言及はありますが、補聴支援システムの体系的な位置づけはまだ弱いのが現状です。
そのため、近年では手話通訳や要約筆記、字幕アプリなどの活用が広がっている一方で、補聴支援システムの設置は限定的な状況にとどまっています。
音声情報アクセシビリティの向上に向けて
大きな違いは、欧米では補聴支援システムが理念にとどまらず、標準や実務のレイヤーにまで具体化されている点にあります。アメリカではALSが設計基準の中に位置づけられ、英国では合理的調整義務が事前対応として運用され、EUでは法と標準が結びついています。
これに対して日本では、合理的調整そのものは法的に進んだ一方で、補聴支援システムをどのような施設に、どの程度、どの方式で整備するべきかという設置基準はなお曖昧です。